プロフィールと自己紹介

1951年 福島県 会津若松市 生まれ
(なんだ、60すぎのオバはんやん、と思わないでね。い、いいえ、現実そうだから思ってもよろし。
でも心は若い。ナニ?バカいって?)

会津若松の商店街の真ん中で育ち、、、

近所の男の子達にまざって、『缶けり』や、『ビー玉』で遊びまくり、、、、薄暗くてビー玉も見えなくなり、家々から、夕飯や風呂の薪を焚くにおいが漂ってくる頃、やっと『さいなら~、また明日遊ぶべな~』という、黄金の幼少期を送ります。

かつて漫画家志望だった父が、手塚治虫・笹川ひろし等の漫画家と親交があってね。
小学生の頃に3度も会津に遊びに来て、うちの店で漫画教室を開いてくださった手塚先生の影響が大きく、漫画を描くのが大好きな少女でした。雨の日などは、一日中漫画を描いていたもんね。

『♪ こんにちは~、こんにちは~、世界の~国から~♪ 』
東京オリンピックでいきなり世界が開けた中学時代、夢は『世界を飛び回って仕事をする人』に移行し、旅行記を読みあさり、世界地図の上で妄想旅行をするのが得意となります。

青春の高校生活・・・あれ、残念なことにその頃の会津は男女別学で、会津女子高へ。男子がいないので、恥じらいも色気もない3年間。

晴れて東京の学習院女子短期大学へ。田舎育ちの子が、東京さ出ていきました。また女子部だ、、、。
短大の門には守衛さんがいて、女子生徒たちが上品に『ごきげんよ~』と守衛さんに挨拶して校門を出入りするのをみて、カルチャーショック。田舎の子は『ごきげんよ~』なんて、、、恥ずかしくて言えませぬ。ただ一人『おはようございまっす!』『さいなら~!』を通したのであります。
この抵抗も一年でアホくさくなり、2年生の頃には『ごきげんよ~』と言っているノーテンキ頭がいました。人間って染まるもんです。

さ~、その後OLやら結婚やら、人生経験たっぷり積んだ数十年。人生の折り返し点から、再び小さい頃好きだった漫画・エッセイ・旅行記を描き始めます。フフッ、人生に遅い早いは、ないもんね。思いついた時が一番よいときだもんね。

2008年。
シコシコ描いていたカートゥーン(一コマ漫画)が、トルコの『アランヤ・インターナショナル・カートゥーンコンペ』で、受賞。
地球温暖化で、氷が溶けて大変な思いをしている『ホッキョクグマの親子』が、賞をもたらしてくれたのでした。

授賞式参加がてら、一人でテクテク歩き回ったトルコのイスタンブール、アランヤ、イズミール、ベルガマ、セルチュク、そしてギリシャのロードス島、サントリーニ島、アテネ。
『あ~、いいな~、おだやかだな~』古代の遺跡と神殿で、時間に追われることなく、ただひたすらポケ~ッと過ごし、、、
太陽と月と、広がる空と真っ青な海、地中海にエーゲ海に大きく癒され、『魂の故郷』を感じてきたのです。



これからの夢は、『楽しさと優しさ、愛と夢と美しさ、を表現して、人々に喜んでもらえる作家になること』・・・ノーテンキの原点ね。
あっ、そして『この美しい地球を、世界中を、旅してまわること』もつけ加えます。フフッ、言葉に出して宣言すれば、きっと必ず叶うもんね。

フム、、、、、小学生・中学生の頃の夢は、結局ずっと続いているんですね。



23才と18才の愛するニャンコ達がすぐそばで『ク~ク~』という寝息を立てています。
絵を描くのに飽きたら、ちょっと一休みして猫に遊んでもらい、、、そんな愛猫歴50年の『ノーテンキ漫画家&イラストレーター』を、よろしくね。